ぱせりのお部屋

日常の愚痴や感じたこと、何気なく思ったことなどを徒然に書き込みます。

発達障害は○○との闘い 旦那編

乳児は、通常数時間おきに起きて寝てを繰り返す。


だから、目を覚ますとおむつを取り替え、母乳かミルクを与えるわけだが、飲む量は月齢と個人差があって、月齢が進んでもなかなか飲む量が増えない子もいる。


ウチの子もそうで、半年経っても一度に飲む量は100㏄程だったので、なかなかまとめて寝てくれず、二時間おきに授乳していた。


そう、まとめて寝るようになるのは、個人差があって、およそ生後半年を迎える頃で、この頃から徐々に離乳食を始めるよう、育児書やら保健師から言われるが、ヒルシュっ子のような内臓系疾患がある場合、早くても一歳を過ぎてから始めると良いという。


そう、育児書には早ければ早い方が良いみたいな、そんな記載があるが実は逆であり、健常児でも一歳頃から始める方が良いのだそうだ。


離乳食を早める理由は、0歳児(生後半年から)保育園に入園するからで、入園時に離乳食を始めていると、預ける親と園側の保育士が楽だからというのが一つの理由にある。


けれど、ヒルシュっ子の育児書なんてどこにもない。


通常の目安になる育児は、数多くあるというのに、病障がい児の育児書なんてどこにもない。


そもそも発達障害のアル無しの目安になるような、そんな育児書もみあたらない。


そう、大体このくらいの月齢だったら、コレコレこういう事が出来るようになる…程度の話で、この月齢になるまでは、○○は食べないようにとか、離乳食の始め方、保存食の作り方などが載っているに過ぎない。


だから、早々に育児書は投げ捨てたし、保健師に相談しても「身内の方に協力をお願いしてください」というばかりで、現状把握も助力もなく、ひたすら孤軍奮闘するのみだった。


もう、何ヶ月もろくに寝ておらず、体力も気力もガッツリ削られて、日に日に弱っていく私は、思考力さえ働かなくなって、ルーティーンとなった子の体重管理とミルク量を記録し、ひたすらストーマケアに明け暮れていた。


たまに電話してくる保健師は、マニュアル通りの返答を返すばかりで、半年を過ぎたら離乳食を始めてみましょうとか、子の体調ばかり聞くので、だんだん鬱陶しくなってくる。


子が寝ている時間だけが唯一の休憩時間で、合間で家事をするのだけど、その貴重な休憩タイムに電話やらセールスやらが邪魔をするので、日々ストレスが溜まっていった。


起きていても寝ているような意識が朦朧とした状態で、子以上に手のかかる旦那の世話が上乗せされているので、階段を踏み外して滑り落ちたこともある。


ケガしたって、自分のことは後回しになるため、病院なんて行く気力も残っていない。


何せ薬缶でお湯一つ沸かせない旦那である、買い物を頼んだって何も買ってこれないのだ。


炊事洗濯の家事はおろか、子どもの世話なんて頼めるわけがない。


凡そ生活能力の欠片もない人なので、無洗米で炊飯器を使って、ご飯を炊く方法を教えた。


火事になるのが怖いので、湯沸かしポットに水を注いで、お湯を沸かす方法を教えた。


電子レンジを使って、冷凍食品を温めて食べる方法を教えた。


人として、最低限生命維持に必要な、食べる事が出来るように、その方法を教えたんだよ。


でもね、最初なかなか理解できなくて、自分がすべきことという認識がなかったらしい。


だから、私は炊いたご飯を小分けして、冷凍ご飯を作り置き、おかずも冷蔵庫に入れておいて、温めたら食べられるようにしてあったんだが…まったく自分でできなかった。


おかずはお惣菜を買ってくれば、食べられるようにしておいたんだけど…気に入らないと言って暴れる。


だったらコンビニか、お弁当屋さんで買ってきたら済む話だが、それさえ気に食わないと言って暴れた。


要するにモラハラでDVであるが、本人にはその自覚はない。


もう、こうなってくると旦那自身に、何らかの障害があるとしか思えないわけだが…一切認めない、認めたくない様子。


己が親という立場になって、子育てをしているという事が理解できない。


自分が外で働いている、それが責任を果たしたことになり、育児も家事も免除されると思っている。


ならば、最低限自分自身の事をしてくれればいいが、薬缶でお湯を沸かせない人が、冷蔵庫の中のものを温める動作が、自分に結びつかないので、嫁はぐうたら昼寝して遊んでいるようにしか思えないのである。


夜泣きする我が子に付き合って、連日寝不足で何ヶ月も休めていないのに、保健師も「身内の方に…」を繰り返すだけ。


ウチの婆が来るわけないし、来たらきたで、身の回りの世話をするのは私なので、三重苦になるだけだろう。


おまけに実家においてあった、私の荷物は勝手に処分され、ガラクタを送ってくる始末で、人が買いそろえておいたブランド物は、勝手に長女に挙げていた。


昔からそうで、私の者は奴らに好き勝手にされてしまう。


そんな人たちが、私が困っているからと言って、何か助けてくれると思う⁉


足引っ張られるのがオチである。


たぶん、子どもの問題だけなら、私はあそこ迄疲弊しなかったと思う。


そして、私は深刻な状態へと進んでいった。